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【感想】海外ドラマ『ブラック・ミラー シーズン3-1「 ランク社会」』他者の評価によっては、生きることすら困難になる世界で生きるということ

ブラックミラー シーズン3

あなたは他者の目が気になりますか? わたしは気になります。
ことさらよく見せようとは思っていませんが、といって思っていたとしても自分の価値が低くなるようなことをわざわざ発言することはないですし、態度にもなるべくださないようにはしています(時に態度に出ていることもありそうですが……)。
そうは言っても時には自分の言いたいことを言うこともありますし、こちらが意識していなくても他者にとって不快なことを言っているかもしれません。
しかし、もし自分の行動が全て他者に評価される対象になるとしたら、そしてその評価が快適に生きるための重要な要素になるとしたら、わたしであれば常に萎縮して生活しそうです。あれこれ気にして、何も発言できなくなるかもしれません。
とても生きづらい世界になりそうです。

「SNSでの評価が日々の生活を支配する世の中で、何とか星の数を増やしたいレイシー。セレブな結婚式に招待され、点数を稼げると有頂天になるが…。」

ネットフリックス作品エピソードから、『ブラック・ミラー シーズン3-1「ランク社会」』のあらすじを引用しました。

本編の内容に踏み込んだ文章を書いています。ぜひ先に『ブラック・ミラー シーズン3-1「ランク社会」』を鑑賞してください。その上で再び、ブログを見に戻ってきていただいたら非常に嬉しいです。

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目次

『ブラック・ミラー シーズン3-1「ランク社会」』他者の評価によっては、生きることすら困難になる世界で生きる辛さ

ブログのタイトルはわたしが物語のテーマと考えるものです。
なぜそういう風に考えるかに至ったかを3項目にわけ、物語の展開から解説しています。
最後にこの物語から考えたことをまとめています。

評価が低い人間には誰も優しくしない

評価が低い人間はサービスが受けられない

物語は主人公であるレイシーがスマートフォンを見ながらランニングをしている場面から始まります。

この物語ではスマートフォンで誰かのSNSでの投稿、もしくは直接本人に星5つまでの評価を与えることができます。その評価は、評価を読み取れる機能を持ったコンタクトレンズをつけることによって、判別することができます。レイシーは4.2。そのランクは相手が知り合いであろうとなかろうと知ることができます。

点数が低い人は信用できない人として、判別できますね。そう考えると、悪い人は上に上がれない良い制度のようにも思います。現実にも、中国ではこのような試みがなされているとニュースで見た記憶があります(2020年5月現在)。
人は自分の態度から、機嫌が悪くなったりする側面もあると思います。考えるよりも先に、行動によって考えが負の方向にいくことがあるということです。しかし、この制度であれば、少なくとも常に機嫌よくしていないといけません。このような制度によって他者に害を与える人間が少なくなるのかもしれません。

ただ、レイシーの生活を見ていると、とてもいい制度には見えません。相手から評価を下げられないように、愛想笑いを常にし、出会った人を褒め、常に評価を5を与える。評価をあげるられるような写真をSNSに上げる。完全に他者からの評価の奴隷になっています。もちろん自分を律し、評価の奴隷にならずに高い点数保持している人もいるのでしょうが、大抵の人は評価の奴隷になってしまいそうです。少なくとも自分はなりそうです。
しかし、わたしは毎日相手からの評価を気にして生きたいとは思いません。人を褒めることが悪いこととは思いませんが、それを毎日続けていくとしたら苦痛を感じるでしょう。義務的なことはできるだけ減らし、できるだけストレスなく生きていたいです。

その評価がただ人間性の評価のみであれば、まだ評価の奴隷にならず自由に生きる人もいると思います。ランクの違いによって、仕事を辞めさせられることもあれば、商売(物語の中では賃貸)のサービスを受けられないこともあるとしたら、それでも自由に生きられるでしょうか。そういう場面が物語に出てきます。
多分わたしは、支障なく人生を送るためにランクを気にする人間になると思います。

レイシーは新しい住まいを探していました。良い物件は見つかったのですが、少々家賃が高い。しかし、ランクが4.5になれば割引を受けられることになります。レイシーが評価を上げるという目的が、物語上の目的ともなります。

評価が低い人間は価値あるものが与えられない

レイシーはランクが高い幼馴染ナオミの結婚式の付添人に選ばれます。
ナオミはレイシーのことをいじめていた人物です。それでも、レイシーは愛想笑いをしながらナオミとテレビ電話し、付添人になることを承諾します。電話の中で、ナオミはまるでレイシーの話を聞いている様子が見られず、とても嫌な人物に見えました。レイシーとしても、ナオミの付添人になることで「ランクが上がる」という算段があって、付添人を承諾した側面もあるようです。

ナオミの結婚式に向かうための飛行機が運悪く欠航してしまいます。キャンセル待ちの便は見つかったのですが、そのキャンセル待ちの席に乗るためにはランク4.2が必要。レイシーは飛行場に来るまでに少しずつ評価を下げられていて、ランク4.18しかありません。

ランクが低いというこで、評価が高ければ得られた機会が失ってしまいます。常に相手から良い印象を与える人間にのみに特権的な機会が与えられる。このような制度な以上、誰もが人の目を気にする生活をせずにはいられないでしょう。人の目を気にして、自分を押し殺してとはいえ、真面目な人、人を害さない人が特権的な機会を得られるのであれば、決して悪い制度ではないように思えます。

しかし、他者にとって「評価に値する人物」の基準とは何でしょうか。人を傷つけず、何事でも真面目な人が「評価に値する人物」なのでしょうか?

物語に次のような場面が出てきます。飛行機に乗れず、車を借りて式場に向かうことを選んだレイシー。借りれた車は評価に見合った古いもの。バッテリーが切れたので、充電する場所(ガソリンスタンドのようなもの)に行ったのですが、車の型が古いのでそこに用意された充電用のコンセントのプラグが合いません。充電所を管理している人に会いますが、要領を得ません。それでも、レイシーはその人に良い評価を与えるのですが、相手から悪い評価が返ってきます。その理由は「面白くないから」。

このように人によって評価の基準はまちまちです。人によって変化する評価の中で、高評価を得られる人物とは、決して真面目な人でなく、ものすごく要領がいい人だけではないでしょうか。

要領がいい人間が、良い評価を得て価値あるものを与えられ、そうでない人が価値あるものが得られない。あまり現実と変わりませんね。点数が着くぶん、現実よりもっと酷い。

評価が低い人間は、評価が高い人間にとって人間ではない

レイシーはヒッチハイクで式場の方向に向かう車に乗せてもらえます。その運転手は評価1点台の人で、レイシーは乗るのに悩みますが、結局乗ります。自分の評価が低すぎて、誰も乗せてくれないからです。

この部分は相手の信用度が点数でわかるということの良い側面かもしれません。知らない人でも、信用にたる人物かわかりますからね。

その運転手は点数が低くなることで、自分らしく生きられることを語りますが、レイシーには響いてないようです。

その車から降り、また同じ方向に向かう車に乗せてもらったレイシーでしたが、そこでナオミから電話で、点数が低いという理由で「結婚式に来なくていい」と言われます。

ナオミにとっては、付き合いのある自分の仲間より少し点数が低い程度のレイシーはさらに自分の点数をあげる要素たりえたのですが、2点台のレイシーに結婚式に来てもらったところで役には立たないと判断されたのです。
目の前にいる人間が自分の評価と関わるならば、付き合う人間も評価が高くなければ自分の価値が下がる可能性がある。評価が誰にでも可視化されるということはそういうことです。

評価が高い家庭に生まれれば、周囲にいる人間は比較的常識人であることが多く、評価が下がることはあまりないでしょう。しかし、評価が低い家庭に生まれれば、そこから評価を上げていくのは大変そうです。
そんな世界であれば、階級が生まれた時から決まっているようなものです。

結婚式にいくという出来事のために、自分の点数を下げてしまったレイシーにとっては失った点数を取り戻すには、結婚式に行くしかないと思ってしまったのでしょう。結婚式に行くことに執着し、会場に侵入してしまいます。

彼女は惨めな姿で結婚式に現れ、ナオミとのことを語りますが点数は下がり続けます。そして捕まります。

会場にいた評価が高いに人間たちにとって、レイシーはどう見えていたでしょうか?
同じ人間でなく、動物が騒いでいる程度にしか思えかったのではないでしょうか。

所属するコミュニティによって違うはずの評価が統一される恐ろしさ

自分にとって良い人間とはどういう人間でしょうか?
「楽しませてくれる人」「親切にしてくれる人」「近くにいるだけ、自分の価値を高めてくれる人」。
「良い」という価値観は人によって違うはずです。

全く環境が違う境遇の中で生きていた人と人が会えば、両者が生きてきたコミュニティの中では常識だったことが、相手にとっては不快に感ずることもあるでしょう。それを感じたからって、即座にその人の評価を下げていたら、両者の溝は埋まらないはずです。

点数が低いというだけで、「評価が低いからダメな人間」だと最初から見ていたら、相互理解というものが生まれないだろうと考えます。

しかし、確実に世界はそういう方向に向かっていると思います。私が思っているような懸念が杞憂であることを願います。

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